事業承継士の村上智史です。
営業先の経営者さんから、こうした言葉を耳にすることがあります。
「事業承継について顧問税理士に相談したよ。
銀行にも相談したし、保険も見直した。だから、ウチは大丈夫。」
しかし実際には、複数の専門家に相談している企業ほど、
承継後に想定外の問題に直面するケースがあります。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。
今回は、典型的な事例をもとに、
その構造的な原因と解決に必要な方法をご紹介します。
<目 次>
1.ある中小企業のケース
ある製造業の中小企業(年商約3億円、社長72歳)では、同社は長年にわたって黒字経営を続け、内部留保も厚いことから、自社株の評価は高い水準にありました。
借入れはあるものの、金融機関との関係も良好で、後継者とし長男もすでに入社しています。
数年後のバトンタッチを見据えて、社長は万全を期すべく、各分野の専門家に相談を始めました。
2.各専門家の提案内容
(1)税理士
顧問税理士からは、「自社株評価の引き下げ対策」と「生前贈与」を組み合わせたスキームが提示されました。
役員退職金の活用なども含め、税負担を抑えながら承継を進める内容です。
税務的な観点から見ればきわめて合理的な提案です。
(2)金融機関
同社のメインバンクからは、承継に伴う資金需要を見据えて資金融資の提案がありました。
現在の借入れの整理や追加融資によって資金面の不安を解消するというものです。
これも金融機関としては自然な対応です。
(3)保険代理店
さらに保険代理店からは、相続税対策や納税資金の確保を目的とする新たな保険商品の提案がありました。
長期的な視点にもとづいた提案であり、これ自体は問題のない商品内容でした。

3.結果は「想定外」の事態に・・・
いずれも、それぞれの専門家としては「正しい提案」です。
ただ、問題は、それらを「個別に実行した」ことにありました。
まず、設備投資や役員退職金の支給によって純資産を圧縮した結果、
会社の財務体質が弱まりました。
そこに借入金の増加が重なり、会社のバランスシートが悪化しました。
さらに生命保険の追加加入に伴う負担増によってキャッシュ・アウトが増え、
ついに会社の資金繰りにも影響が出始めたのです。
その結果、後継者が経営を引き継いだ段階では、
-
会社のクレジット(信用力)が予想以上に低下した
-
資金繰りに余裕がなくなった
-
経営の自由度も低下した
という状態に陥っていました。
どこか一つの判断が誤っていたわけではありません。
それでも、全体としては望ましい状態から遠ざかっていたのです。
4.失敗の理由 ― 「部分最適」の罠
この問題の本質は、「事業承継全体の設計者の不在」にあります。
事業承継は、
-
株式
-
財務(借入)
-
キャッシュフロー
-
経営権
-
税務
といった要素が相互に影響し合う「複合的な視点が不可欠な経営課題」です。
このうちの一部だけを最適化しても、
他の要素との整合が取れていなければ、経営はむしろ不安定になってしまいます。
さらに見落とされがちなのが「時間軸」です。
税務対策は短期的な効果を重視しがちである一方、
保険は長期的な視点、金融機関は融資期間にもとづいて判断しがちです。
この「時間軸のズレ」も、全体最適にとって障害となる原因の一つになります。
5.どう設計すべきだった?
本事例を前提にすれば、全体最適に近づけるための設計は、次のような順序で考えるべきでした。
① ゴールの明確化
まず決定すべきは、具体的な施策よりも「理想とするゴール」です。
例えば、
-
承継後も安定した財務状態を維持する
-
3年間は資金繰りに不安を生じさせない
-
最終的に株式を後継者へ集約する
といった、経営を軸とした目標設定が必要です。
② 財務的健全性の確保
次に重視すべきは財務の安定です。
本件では株価対策が先行したことで純資産が毀損しましたが、本来は、
-
純資産の急激な圧縮を避ける
-
借入の増加を抑制する
-
金融機関の評価を維持する
といった「守りの設計」を優先すべきでした。
目先の節税額以上に、承継後の倒産リスクや利息負担を減らす方がトータルで残るキャッシュは多くなる可能性があります。
税務上のメリットを多少犠牲にしても、経営の安定性を優先すべきではないでしょうか。
③ キャッシュフローの確保
続いて、承継後の資金繰りを設計します。
保険料などの固定支出は、フリーキャッシュフローの範囲内に収める必要があります。
具体的には、
-
保険は必要最小限に限定
-
納税資金は内部留保や配当も含めて複線化
-
将来の返戻金よりも足元の資金繰りを重視
といった考え方が求められます。
④ 株式移転プランの設計
そのうえで、株式の移転に着手します。
-
贈与と譲渡を組み合わせる
-
数年単位で段階的に実行する
-
後継者の関与度と連動させる
ことで、税務・経営・金融のバランスを維持できます。
⑤ 専門家の提案の「再配置」
最後に、各専門家の提案を「位置づけし直す」ことが重要です。
-
税理士のスキーム → 主たる手段として採用(時期は要調整)
-
金融機関の融資 → 必要な範囲に限定
-
生命保険への加入 → 補助的な手段として活用
つまり、「採用するか否か」の判断ではなく、
「優先順位付けと実施すべき時期」を調整するのです。
6.事業承継の「全体最適化」とは
事業承継における全体最適とは、
-
何を先にやるか
-
どの程度やるか
-
どのタイミングで実行するか
という観点からの
「全体を俯瞰した優先順位の設定とスケジュールの検討」
によって決まります。
7.まとめ
専門家の助言それ自体は多くの場合「正しい」ものです。
しかし、それが会社にとって「最適」な選択とは限りません。
事業承継で問われるのは、「全体としての整合性」です。
部分最適の積み重ねが全体最適を損なう――
この構造を理解し、「全体を設計する視点」を持つことが、結果を大きく左右します。
もし現在、複数の提案を受けている場合には、
それらを一度並べ直し、「順番」と「整合性」を確認してみてください。
それだけで、将来のリスクは確実に低減されるはずです。
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全体最適な事業承継の実現、
それこそがまさに「事業承継士」(あるいはバトン・コンサルティング)の役割です。
私が代表を務める「バトン・コンサルティング株式会社」は、「円滑な事業承継」と「経営者のハッピーリタイア」の両方を実現するお手伝いをいたします。
企業の事業承継をサポートするには、税務問題以外の幅広い分野にわたる知見と課題解決力の両方が求められます。
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